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3th International Resource Network Meeting
(2005.7.10〜11 タイ:バンコク)

日本社会におけるトランスジェンダー

国際日本文化研究センター共同研究員・お茶の水女子大学非常勤講師
三 橋 順 子
(Mitsuhashi Junko)

日本社会におけるトランスジェンダーの状況と問題点についてお話します。
 
日本社会には、キリスト教文化圏やイスラム教文化圏のように男性同性愛や異性装に対する宗教的禁忌が存在しません。むしろ、建国神話に女装の英雄(日本武尊 Yamatotakeru)が登場し、女形(Oyama 女装の俳優)が中心的な役割を果たす歌舞伎(Kabuki)が長い歴史と人気を誇ってきたように、性別越境(トランスジェンダー)に比較的寛容な社会的・文化的な伝統があります。男性同性愛や異性装に対する強い忌避感覚は、近代以降に欧米からの知識(精神医学)や思想の移入によってもたらされたものです。
 
現代日本においても、少なくとも個人レベル(とりわけ女性)では、性別越境に比較的寛容な感覚は今なお広く存在します。伝統芸能となった歌舞伎は現在でも人気がありますし、大衆的な演劇でも女形は根強い人気があります。夜の東京の観光バスツアーで最も人気があるのは、ニューハーフのダンスショーをメインにしたコースです。また、女性を中心に熱烈なファンを多くもつ宝塚歌劇(Takarazuka)は、男役(男装者)がトップスターです。
 
日常的にも、トランスジェンダーが一般の店で買い物をしたり、飲食をすることを断られるようなことは、少なくとも都市部においてはほとんどありません。奇異の目で見られることはあっても、あからさまに侮辱的な言葉を浴びせられたり、身体的な危害を加えられるようなケースは稀です。日本にやってきた諸外国のトランスジェンダーが「日本はトランスジェンダーにとって最も安全な天国(Paradise)だ」と言うのも一面では間違いありません。
 
しかし、法律、行政、医療、就労などの面では、トランスジェンダーに対する対応は大きく遅れています。法律や行政は、最近までトランスジェンダーの存在をまったく認めていませんでした。医療は1997年になってやっと性同一性障害の治療を承認しましたが、現在でも十分な治療体制は確立されていません。就労面での差別は特に甚だしく、トランスジェンダーが一般企業や公務員に就職するのはほとんど不可能です。
 
このように日本社会には、トランスジェンダーに対して比較的寛容な伝統的な大衆文化と、トランスジェンダーに対して拒絶的・差別的な公的システムや企業社会という二重構造が存在するのです。
 
21世紀に入って、性同一性障害者への社会的認知が進むにつれて、状況は徐々に改善されているかのように見えます。2003年7月に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(GID特例法)が成立し、今まで事実上不可能だった戸籍の性別変更の道が開かれました。
 
しかし、この法律は、対象が性同一性障害者に限定されていたり、子供のいる当事者を排除する条件が付されていたり、問題点が指摘されています。この法律の成立過程を分析すると、トランスジェンダーの人権を擁護するという観点は希薄で、あいまいな性の人たちを「障害者」として医療的に囲い込み、戸籍を変更させることで、男性/女性いずれかに固定し、性別二元制に回収することで、問題を解決しようとした法律であることが明らかになります。
 
つまり、性的マイノリティの人権を認める方向ではなく、性的マイノリティの一部をマジョリティに取り込むことで無化(存在を消去)しようとする発想に立つものなのです。その証拠に、21世紀になっても、性同一性障害者以外の性的マイノリティーの置かれている状況を改善しようとする施策はまったく取られていません。ゲイ/レズビアンや非医療系のトランスジェンダーに対する社会的抑圧はむしろ強まりつつあるのが現状です。
 
日本社会が同性愛や性別越境に寛容な伝統を生かし、真の意味で性的マイノリティの人権を認め、性的マジョリティとの共生社会を築けるかどうか、今、その岐路に立っていると言えるでしょう。
 
最後に日本におけるLGBTの資料収集についてお話します。
 
現在、私が幹事をつとめる「戦後日本トランスジェンダー社会史研究会」では、トランスジェンダーだけでなく、ゲイ/レズビアンも含めて、日本で観光されたすべてのLGBT関連の文献を収集し、リスト化する作業を続けています。学術的なものだけでなく、大衆的な雑誌に掲載された記事も可能な限り網羅的に収集しています。
 
近い将来、全資料のタイトルをインターネットで検索できるようにする計画です。